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別れ

  • tumsatryt
  • 4月4日
  • 読了時間: 2分

私が彼(眼鏡)と出会ったのは、桜の花弁が落ち切った春の終わり頃だった。

健康診断で視力が悪かった私は、「まだ今の眼鏡で見えるのになぜ高い買い物をしなければいけないのか」と思いながら、しぶしぶ眼鏡を買いに店へと足を運び、特別こだわりがなかったため、無難なグレーの眼鏡を選び足早に店をでた。

目が悪くなったことを認めたくなかった私は「すぐ眼鏡を変えると目が悪くなる」、「まだ変えるほど目は悪くない」など自分をごまかしながら昔の眼鏡を使い続けていた。よくも悪くも昔の眼鏡は私になじんでおり、変えるまでもないなと思った矢先だった。

夏合宿も佳境に入ったある日の午後、船を上げるためラダーを外していた私の頭からスルッと何かが落ちていった。それが何なのか感覚で理解した私だったがとっさのことで木になったように動けなかった、そしてそれは私を嘲笑するかのように目の前で海へと沈んでいった。幸いスロープ付近であったため箱眼鏡を借り捜索したものの十分な視力がない私には役に立たず、徒労に終わった。眼鏡をなくした喪失感に肩を落としながら、意外にも私には形容しがたい安心感があった。

次の日から新しい眼鏡を使い始めた私にはすべてが鮮やかに見えた、「なんだ、もっと早く使ってればよかった」そう思いながら彼は私の生活になくてはならないほど浸透していった。

その別れは突然だった。先週、風の強い午後、彼はエクステに弾き飛ばされ宙を舞い、冷たい海へと潜っていった。宙を舞う彼は蝶であった、そして気づいてしまった、私は一時的に休憩するための枝に過ぎなかったのだと。彼を失った私の叫びは10m/sの風とセールの羽音にかき消された。

 
 
 

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